JA(ジェイエイ)などと呼んでいるが、農協の方がしっくり来る。
国鉄を「JR」、専売公社を「JT」と改称し、国電まで「E電」なんて
どうしようもない名で呼び初めてから約20年、「E電」は消えたが、
どうやら「JA」は定着した。しかし、[JapanAgricultural Cooperatives」の略の
「JA」という感じではなく、「んだじぇい」の延長上の「じぇいえい」という音が受け入れられただけ、という感じである。
寒河江駅前の角に建つ
県道 皿沼・河北線
現在、一帯の街並みは全て更新された。
県道側
裏に回る
県道側の正面は商売のため、古いながらもある程度時流に合わせて改装してあるものの
裏側はその必要もなく、建てたときからほぼそのままではなかったかと思われる。時代は
昭和初期〜せいぜい戦前の様式と見受けられた。近代化遺産の指定を受けていたわけでも
ないため、ただの古い使いにくい建物として扱われていたであろう。
窓枠 扉が木造だった
丸窓や木の桟が時代を物語る
やはり、首手ぬぐいに泥長靴で出かけるには「農協」の呼称のほうが相応しい。
なぜ、稲作中心の日本農業文化の基点を英文字で表さなければならないのか
誰か本気で考えたことがあるのだろうか。英文字にすれば田舎臭さを払拭できる
などと考えてそうしたのだとしたら、その考え方そのものが田舎臭いと言わざるを得ない。
2003年頃 取り壊し