続:上山トキワ館跡

 

 

今は平成のガメラシリーズなどで名を成した伊藤和典氏は上山市のトキワ館で生まれ育つという

根っからの映画人生であった。円谷英二監督のようになりたいとの思いから経験を重ね、特撮の作品には

ひとかたならぬ思いを寄せていたようだ。その実家は廃業以来数十年を経て廃墟と化していた。

 

 

かみのやま温泉 新湯入り口の門のすぐ横のトキワ館

 

上映が行なわれていた頃

 

 

表通りに面した正面部分には明らかな劣化は見られない。壁面のサイディングが奏功しているのであろう。

ところが側面、背面はそうではなかった。前述の伊藤監督は建物の所有者であった先代から映画館の経営は

引き継いでおらず、神奈川県在住ということもあり、無住となったこの建物には帰ることもなかったようだ。

 

 

映画館の角地では現役当時にはタイ焼きが売られていたということであった。

 

 

 

風化の度合いは尋常ではなく、風雨は遠慮なく建物内に侵入する有様であった。

なお、土地については所有者は別におり、主亡き後は地主となる方が管理していたようだ。

それでも建物の所有が伊藤家であるため手を付けることもできず、近所からの苦情への

対応に苦慮していたようだ。落下物等もあったのであろう。

 

完全に外壁は剥がれ落ちている

 

 

 

 

建物裏は伊藤家

 

映画館の背面は一転して普通住居の造りとなっており、荒れ果てた無住の家屋が

悲惨な状態で放置されていた。

 

 

 

表札には映画館が開かれていた当時の館主の名がそのままになっていた。

 

 

この建物はその後、廃墟バスターを標榜するテレビ番組にも取り上げられ、

その当時には伊藤監督や地主さんは何とか再興の道も模索したいということであった。

 

しかし、現実は厳しく、もはや修繕不能なほどに劣化した建物に莫大な資金を投下しても

映画館の再興で採算をとれる世の中ではなくなっていた。上山市民は隣接する山形市の

シネコンで映画を見るほか、配信で間に合うという人も増え、シネコンとはまた違った風流な映画館

の雰囲気を知る人も減った今、映画館が再び上山に姿を現す可能性はまったく潰えた。

 

2021年6月ころ、ついに取り壊しが始まり、上山市民の懐かしの場所は更地へと戻った。

 

トキワ館 営業:1933年(昭和8年)〜1996年(平成8年) 2021年(令和3年)撤去

 

 

 

 

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